2019年9月に

Festival Goyang Karawang International 2019

(インドネシア)に、参加した

ダンサー・振付家の木皮成(DE PAY'S MAN)が、

同年8月に

Sibu International Dance Festival 2019

(マレーシア)に、参加した

ダンサー・振付家の岡本優氏(TABATHA)を

お招きし、

アーティストの視点で各々が体験してきた

海外フェスティバル事情を

クロストーク形式で語った。

 

(2019年10月28日(月) 19:00~21:10 at GLOCAL CAFE IKEBUKURO)


木皮成 KIGAWA SEI

1990年 和歌山県出身。多摩美術大学卒。現、同大学演劇舞踊デザイン学科非常勤講師。

ダンサー、振付師、MVディレクター。

2012年ごろより、小劇場にて振付師として活動を経て、2015年カンボジアに渡る。カンボジア芸能事務所養成所のレッスン講師 として1年滞在した後、帰国。 2016年より、自身のユニットDE PAY`S MAN(デペイズマン)を立ち上げ、HIP HOPを根底としたダンス作品やアーティストのMVを製作。 2019年 Goyang Karawang Festival 2019に招聘され、「Street Story 2019 ver.」を発表。 

趣味はマジックザギャザリングとお香。


photo by bozzo
photo by bozzo

岡本優 OKAMOTO YU

3歳よりクラシックバレエを始める。JAZZ・ HIPHOP・TAPなどのダンスも経験。

現在はコンテンポラリーダンスを軸に作品創作やダンサーとして活動。〈ダンス集団”TABATHA”〉主宰。国内外、空間を選ばず身体表現を行う。ダンスのみならずデザイン業も行う。MV等映像作品にも出演。CM・ アイドル・演劇作品に振付も行う。Studio RADA バレエ講師。

NEXTREAM21 in RIKKOUKAI vol.11公開ダンスコンテスト一般部門 <優秀賞>

トヨタコレオグラフィーアワード2012 ファイナリスト

こりっち舞台芸術まつり2014春 <俳優賞>

横浜ダンスコレクショ ン2019 <若手振付家のための在日フランス大 使館賞> <シビウ国際演劇祭賞>



木皮成 (以下、木皮):

本日はお集まりいただきまして、ありがとうございます。

海外フェスティバル参加報告会「アジアの交差点」と題しまして、僕は先月9月に、インドネシアの方のFestival Goyang Karawang International 2019というダンスフェスに参加してきまして、岡本優さんは今年8月にマレーシアのSibu International Dance Festival 2019というダンスフェスに参加してきました。

もともとは僕個人だけで報告会という形式を持ってもよかったんですが、岡本さんもマレーシアに行ってきたという噂は聞いていたので、一つの例だけでなく、お互いの情報交換をすることによって、よりわかることがたくさんあるのではないかと思い、お声がけさせていただきました。

本日はどうぞよろしくお願いします。

 

岡本優 (以下、岡本):

よろしくお願いします。

 

木皮:

では今回の題目が報告会なので、早速なのですが、僕の方から、インドネシアの様子をまとめた映像資料をご覧いただければと思います。最近このインドネシアの動画をYouTubeにアップロードしているんですが、それをご覧いただきながら、説明していこうかなと思います。

その後、岡本さんにバトンタッチして、マレーシアの様子の映像をお見せいただく、という流れで進めたいと思います。

木皮:

まず、僕が参加してきたFestival Goyang Karawang International 2019がどういうフェスティバルだったのかをご説明しますね。

世界の若手のカンパニーを招聘して、ショーケース形式で各カンパニーの作品を発表し、各国の国際交流を図るという目的で、開催されたフェスティバルなんですが、主な目的というのが、伝統舞踊のGoyang Karawangという踊りがありまして、それをいろんな国の人に踊ってほしいというのがカラワン県庁の目的なんですね。で、カラワンっていうのがどこの地域を指すかっていうと、西ジャワ州のカラワン県というところで、ジャカルタを東京と考えた時の千葉県ですね。特に浦安に近いイメージを持ってもらうとわかりやすいかと思います。

Festival Goyang Karawang International 2019自体は今年できたフェスティバルです。このフェスには何人参加しているかというと約17000人参加しています。自分で話していても、信じられないんですが、17000人が同時間に同じ踊りを踊っていたんですね。かなり衝撃的でした。

僕らのチームからもGoyang Karawangを踊る催しに髙下七海と津ヶ谷早稀の女性2名が参加したんですが、我々は振付を知らなかったんですね。

事前にレクチャー動画を、送っていたらしいんですが、なぜか僕らには届かず、当日言われて、無理やりグランドオープニングに参加しました。

Goyang Karawangは「ジャイポン」と呼ばれる、西ジャワ州のスンダ族発祥の伝統舞踊にカテゴライズされる踊りの一種なんです。

岡本:

映像で見ると見入っちゃいますね。

 

木皮:

でも、ぜひ見てください。現象としては非常に、そして、異常だと思うので。

一応ご説明しておくと、この映像は全国ネットのテレビ放送の映像をいただきました。

 

お客さんからの質問:

見ていると女性がほとんどなんですが、男性は踊らないんですか?


木皮:

そうですね。男性は踊らないって言われました。僕は踊る気マンマンだったんですが。

4分ぐらいの踊りなんですが、このGoyang Karawangを17000人で踊るというのがこのFestival Goyang Karawang International 2019の大きなコンセプトになっていました。

このGoyang Karawangの催しの2時間後に我々DE PAY'S MANのショーイングもあったので、テントの楽屋を用意していただいて急いでメイクを落として、準備に取り掛かりました。

 

岡本:

外に仮設?

 

木皮:

そうですね。外に仮設です。

 

(グランドオープニングの異常な量の花火の映像)

 

岡本:

なんかダンスのフェスというより、音楽のフェスにノリが似てますね。

 


木皮:

パフォーマンスをやる日程が3日間あって、一日8団体、15~20分くらいのショーケースを各国の団体が披露しました。

これはパプアニューギニアでしたね。

 

 

(DE PAY'S MANのパフォーマンス映像)

 

木皮:

で、2日目の我々のパフォーマンスの日は、この時点で、既にタイムテーブルの2時間押しでした。

2時間押しているんですが、誰も怒らないっていう、誰も急ごうとしてないっていうのはすごくいいなって思いました。(笑)

本来、僕らのパフォーマンスもテレビクルーが撮ってくれる予定だったんですが、押しすぎて、テレビクルーが帰ってしまい、辛うじてうちのカンパニーについてもらっていた現地スタッフの女の子がバッテリー切れるまで撮ってもらっていたこの映像しか残っていないんですね。なので、フルサイズの記録がありません。

 

 


あ、この舞台の後ろにモニターがあって、この演出でこのモニターが使えるので使う?っていうメールを渡航の2日前に言われて、一応、映像作家をやっているので対応できましたが、急な変更・連絡は多々、来ました。

 

こんな風に現在YouTubeにアップしているので、もっと見たい人は、僕の名前を検索してもらえれば見れると思います。





で、テレビ放映の映像が残っている3日目の映像はわかりやすいんですが。

僕らは特にタイのTheatre company B - FLOORというカンパニーと仲良くなりまして、彼はKAGEさんというお茶目な演出家ですね。

アーティストの席はVIP席みたいなところがあって、これはその席なんですが、おそらくここは有料なんじゃないかと解釈を僕はしています。

他の一般の方はサマーソニックLIVEみたいに立ち見で見ているという状況です。

1日1日ごとにグランドオープニングをやっていて、この日はインドネシアソングと、大きな仮装をしたインドネシア伝統衣装のグランドオープニングで始まりました。


岡本:

これを見に来ているのは市民の方?

 

木皮:

そうです。ただ、昨日、2日目に、Goyang Karawangを踊ったよっていう市民もいるので、半分演者みたいな人がたくさんいるという状況ですね。参加者兼オーディエンス。

本当にショーケースなので、MCが紹介をして順次パフォーマンスを行っていくという形ですね。これはバリ舞踊です。

 

こちらはフィリピンのカンパニー(BENILDE DANCE MAJORS)で、ここは凄く面白かったですね。

僕はフィリピンにも何回か行ってるんですが、フィリピンのコンテンポラリーダンスってとても教養が高くて、めっちゃ面白いんですよ。自分が現地(フィリピン)で見たものだと、面白くない作品と出会ったことがないですね。

 

メキシコはかなりベーシックなフラメンコを紹介していました。

マダガスカルのポップダンスも面白くて、めちゃくちゃ身体が緩いんですね。

 

岡本:

POPをやってらっしゃるってこと?

 

木皮:

ストリートダンスのPOPではなくて、ポップカルチャーのダンスっていう意味ですね。

 

中国の北京9当代舞団も面白かったですね。ひたすら身体が研ぎ澄まされていて、天晴れでした。彼らとかはいろんな国のフェスに呼ばれたりとかしていて、国際フェスの常連らしいです。

最後はドイツの方のデュオ[DIMAR DANCE THEATRE)でした。

 

お客さんからの質問:

全部で何カ国ぐらいの参加だったんですか?

 

木皮:

23カ国ですね。

 

お客さんからの質問:

大体アジアですか?

 

木皮:

大体アジアなんですけど、カリフォルニア州から来ていたりとか、オーストラリアから来ていたりとかしていたので、一応ワールドワイドということにはなっています。

 

あ、これ衝撃映像なんですが、バリ側の伝統芸能で、自傷パフォーマンスがあって、ナイフやのこぎりで腹部を傷つけていますね。

 

岡本:

え、本当に?!

 

木皮:

本当なんです。

ただ、悲しきかな、世界中のパフォーマンスを呼んでおいて、これが一番盛り上がっていたんですよ。(笑)

 

会場:

(笑)

 

木皮:

そして最後は、クロージングミュージックという形で、JAZZのLIVE演奏で終わりました。

で、BGMでGoyang Karawangが流れたので、B -FLOORの方々とGoyang Karawangを狂ったように踊りましたね。

 

岡本:

これは何時から始まって何時までやっていたんですか?

 

木皮:

大体ですね、、、ええと。わかんない!

タイムテーブルいただいたんですね。タイムテーブルによると夜8時スタートになってます。で、11時クローズになっています。

ただ、その通りになっている日がなかったので、、、

 

岡本:

ざっくり8時から11時の中で、とにかくやり倒すって感じ?

 

木皮:

そうそうそう!

ただ、例えば初日なんかは8時と聞いていたのに7時半から始まっていたので、一団体見れなかったんですよね。

 

岡本:

それが何日間くらいやっていたの?

 

木皮:

パフォーマンスのショーケースがあるのは3日間で、4日目の最終日は、ファッションショーやってましたね。

 

岡本:

なんのフェスなの。(笑)

 

木皮:

(笑) 僕もわかんない。

 

(客席のインドネシアに一緒に行った平井寛人から「羊」というワード。)

木皮:

これも喋っておきますね。我々四人(木皮成、 髙下七海、津ヶ谷早稀、平井寛人)が、羊の「闘牛」みたいなものを観に行ったんですね。闘牛なんですけど、それを羊同士で行うという催しがありまして。羊同士をトーナメント形式で戦わせて、優勝した羊の飼い主が、賞金と牛一頭を手に入れることができるという催しなんですが、、、

 

岡本:

なんだそれは。(笑)


木皮:

いや、僕これ間違ったこと言っていないんですよね?(会場の髙下、 津ヶ谷、 平井に同意を求める)

あの、ほんと、言葉通りなんですよ。

 

(闘"羊"の映像を観ながら)

 

木皮:

この催しもフェスの最終日に行われていたもので、意味わかんないんですけど、盛り上がると観客がコロシアムに入って踊りにくるんですね。

あとそんな、羊当人たちは燃えてないんです、この戦いに。

勝った方にこんな感じのベルトみたいなものを捲いて、次の対戦まで待つという感じです。

[奥を指して]ここにお立ち台があるんですよ。お立ち台があるんですが、何故か踊ることができて、お金払うと誰でも踊っていいんですね。

本当にちょっとこの催しに関しては文化の理解に苦しむんですけど、我々も、一人当たり100円くらいを渡して踊りました。

僕も、文化の理解ができていなくて、どこに説明を落とし込めばいいのかわかんないんですけど、4日目にあったことはこれですね。

 

ざっくり駆け足ではありますが、我々が体験してきたことは以上でした。

 

岡本:

なるほど。

 

木皮:

この流れで岡本さんからマレーシアの話を聞くよりも、一度みなさんからのクエスチョンを受けた方が良いですよね。


お客さんからの質問:

「どういう経緯でこのフェスに参加するようになったのか」ということが一つと、もう一つは、2時間押しになったと言っていたが、そんなことになり得る可能性っていうのは理解できないので、お答えお願いします。

 

木皮:

説明しますね。

えっと、まず、これはインドネシアの国土と車の所有率の関係を説明しないといけないんですけど、車の所有率がめちゃくちゃ高いんですね。で、それを一気に同時に走らせると、車の面積で道路が全部埋まってしまうくらいの所有率らしいんです。なので、本気を出して全員が車に乗った場合、渋滞が100パーセント起きるっていう国なんです。

 

(渋滞の映像を見ながら)

木皮:

ホテルから、会場まで車で2分のところを45分かかったんですよね。

 

岡本:

渋滞で車が進まなくてってこと?

 

木皮:

そうです。

 

岡本:

その渋滞で2時間遅れたっていうことですか?


木皮:

そうです。あと、みんな誰も急がないっていう国民性ですかね。

 

岡本:

それは集まらないって状態?

 

木皮:

いや集まらないっていうよりは、「別にこういうもんだから、急ぐ必要ないや」と思っている人々って状態ですかね。

 

お客さんからの質問:

では、それは一団体やれば次の団体まで時間が空いてしまうということ?

 

木皮:

いや、それも、そもそもどっから遅れているのかもわからないって状態ですね。

朝の8時には交通渋滞が始まっていて、でもいただいたタイムスケジュールには朝8時からの予定が組まれているので、日本人としては8時からの予定に合わせて行動しようとするんですけど、誰もこないので、あと2時間寝てていいかぁ、みたいな感覚に最終的にはなりました。

4日目とかはもうタイムスケジュールが当てにはならないから、もう参考にしないでおこう。という気持ちでした。

 

で、これに参加した経緯は、昨日(2019年10月27日)まで、東京芸術劇場で行われていたAPAF(アジア舞台芸術人材育成部門)という、東京芸術祭と国際交流基金アジアセンターが共催でやっている人材育成を目的としたアジアのアーティスト同士のコラボレーション企画があるんですが、僕はそこで2年前まで8年間関わっていたんですね。そしてそこでできた繋がりの人がアジア中にいるんです。アーティストの知り合いが。それが最近、その繋がりをアーティストとして実行に移すまで、実を結んできていて、自分が「海外のフェスに参加したい」って思った時に相談に乗ってくれる友人が増えてきたというのが現状です。今回も、Bambang Prihadiさんというインドネシアの演出家の方がいまして、日本のアーティストを探しているという状態で、それを、日本のカンパニーでShelfという古典演劇を扱うお芝居を各国で上演している演出家の矢野靖人さんがBambangさんとソウルメイトだったので、矢野さんに中継していただいて。そして、矢野さんのお芝居に俳優として参加している大石憲さんという俳優さんが僕を推薦してくれたことも大きかったです。

もともと、僕とBambangさんは、APAFでBambangさんが来日されていた際に知り合ってはいたので、「この子、APAFスタッフをやっていた子だよね」とすぐに気づいてくれました。

そういう流れで、ゴーサインは出たというのが、これに参加する経緯でした。

 

岡本:

どうでしたか?参加してきて。

 

木皮:

え、参加してきて?うーん、僕も一ヶ月前の話なので、忘れている部分もあるんですが、僕よりも、僕と一緒に行った3人(髙下、津ヶ谷、平井)の方が、衝撃だったかもしれないので。

 

元々今回のフェスに参加する僕の中でのコンセプトは、比較的自分は東南アジアに出向くことが多いので、東南アジアの可能性っていうものを自分より若い人に感じてもらった方が有意義かなと思ったんですね。今回の話は降って湧いて出たような話なので、96年生まれぐらいの3人に一緒に行ってもらったんです。

(平井に)初めて、アジアを回った感想はどうですか?

 

平井:

インドネシアはダンス文化の浸透率みたいなものがしっかり広がっているのを感じました。客席にちっちゃい子供とかもたくさんいたりとか。あとは、屋台がたくさん出ていたり、あんまり興味ないんだろうなって近所の人もいましたし。

 

木皮:

めっちゃわかりやすかったんですよね。面白くないものはサァーって離れるし、面白いなと思えば、シューっと戻ってくる。子供がパフォーマンス中に舞台上に乗っちゃても全然平気で、マダガスカルチームの時に、子供が舞台上でパフォーマーの真似をしても誰も注意しないみたいな。

 

岡本:

止めないんだ。

 

木皮:

止めないんです。受け入れの度量が凄い。

 

平井:

寛容でした。

 

木皮:

寛容でしたね。


お客さんからの質問:

これ(Goyang Karawang)は伝統文化なんだろうけど、お祭りとかそういうものではなく、現代舞踊なんですか?

 

木皮:

いや、これは少し説明が難しいんですが、「ジャイポン」自体、伝統舞踊には含まれるんですね。ただ、アップデートが常に行われるという形なので、真新しさを感じる要素にはなっています。なので、振り付け自体は伝統舞踊の中の要素は含んでいるんですが、更新は常に行われているんですね。

 

お客さんからの質問:

将来的にはこれをリオのカーニバルみたいなことにしたいってことなんでしょうか?

 

木皮:

僕も、詳しくはわからないんですが、そうなのかもしれないですね。とにかく物凄いお金をかけていたことはわかるので。

ただ、面白いのは、現地のスタッフに「なんでGoyang Karawangはこんなに有名なの?」と何回も聞いたんですが、「それはこれ自体にパワーを持っているからよ」みたいな答えになっていない答えばかり返って来たので、現地にいる間は、全くわからなかったんです。

帰国後映像編集している流れで、アテンドスタッフの女の子にメッセージのやり取りの中で聞いてやっとわかったという感じでした。(笑)

 

平井:

ホテル内のTVCMもすべてFestival Goyang KarawangのCMでした。

 

木皮:

そうそう!

 

お客さんからの質問:

今年が初めての開催だったんですか?

 

木皮:

今年が初めてだそうです。ただ、お金の動き方は凄いように感じました。

 

お客さんからの質問:

当然、日本人で参加したのは、木皮さんが初めてということですよね。

 

木皮:

そうだと思います。

 

岡本:

凄いね。全然規模がもうわからないところまでいってるね。

 

木皮:

お金の話をすると、助成金の話とかもこういう機会だと絡むと思うんですが、残念なことに、セゾンのフライトグラントぐらいしか、急に決まった話だったので、選択肢がなかったんです。フライトグラントは海外公演の渡航費に対して助成を出してくれるという制度なんですが、ただ、それすらも、後期の助成に当たるのが、10月1日からの公演を対象にしていて、僕らの公演日程が9月27日だったので、対象にならなかったんです。

ただ、向こうからのお金でトランジットをうまく選んで、予算をうまくやり取りをすれば、赤字にはならないだろうけど、黒字にもならないって計算で行って、帰国して換金したら、日本にとってインドネシアルピアがメジャーなお金ではないので、現金価値が半額になってしまって、結果赤字でした。(笑)

まぁまぁ、赤字分は勉強代として支払ったと思えば安いものだったかなと思います。

 

意外と2時間というのは早いので、この辺で一旦切り上げます。

ぜひ、岡本さんの話も聞かせて願えればと思いますので、バトンタッチしても良いでしょうか?

 

岡本:

はい。


岡本:

じゃあ、先に色々説明をしていこうと思います。

私が参加したのはSibu International Dance Festival 2019というものなんですけど、それが2012年から始まったフェスティバルだそうです。今年で7年目になるということなので、もう何年も続けて来ているものなんだそうです。最初の方の年とかは、アーカイヴがあまり残っていないタイプのホームページだったので、あまり調べられなかったんですが、割とどんどんどんどん規模を広げているものなのかなぁと見受けております。

マレーシアと言ってもシブって一体どこなのっていう感じだと思うんですが、インドネシアとマレーシアを分けている諸島みたいなところ(カリマンタン島)があるんですが、そこの北部にある小さな場所なんですね。20万人くらいの人口なのでそんなに大きくない街ではあるんです。そこのSibu International Dance Festivalというのを主催しているのが、Hornland Dance Theaterというダンスカンパニーでした。1995年に立ち上げられたカンパニーで、ダンスの教育・普及を目的として創設されたグループらしく、いわゆるカルチャーダンスとかクラシックバレエだったりとか、YOGAとか、そういったものを取り扱うカルチャー施設を保有していたり、Hornland Dance Theaterさん自身も作品を作って発表していたりするので、一応主催がダンスカンパニーなんですよね。

 

木皮:

凄いねぇ。

 

岡本:

凄いよね。所謂、制作が動いたり、ディレクターさんや劇場が動いたり、ということではなくてカンパニーが動いてるっていうのがなんかいいなぁと思って。まずそこにエネルギーを感じていました。

規模としてはマレーシアのシブを全域で使っていました。毎年その会場が違うらしいんですが、大きな劇場、まぁ1000は入んないかも知れないですが、800人くらい入るような劇場と、小さな50人くらい入る小劇場と屋外や市場や芝生みたいな開けた空間でのパフォーマンスの機会がありました。そんな場所で毎日パフォーマンスをやっていくという感じだったんですが、全部で5日間やってました。

このフェスティバルの目的はシブの経済を動かしたいということと、芸術の教育がしたいということだそうです。そのために、Hornland Dance Theaterの方々が動いているいう状態です。

シブの市民の方からボランティアをたっくさん、たっくさん呼んで、スタッフをやってくださって、テクニカルも専属の方がいらっしゃっる状態でした。

例えば、アーティストの対応だったりとか、日常的なことというのはボランティアの方がやって下さっていて、各団体に一人必ず、ついて下さいました。19カ国の国が今回、参加をしていて、19名のアテンドスタッフに、必要に応じてはそれ以上ついてくださるという感じでした。

 

木皮:

うんうん。

 

岡本:

今回はそれこそ、私はなんだかよくわかんないんですけど、すごく毎日踊っていたんですね。

5日間あったんですけど、1日2回本番があるみたいな感じだったんです。でも他のチームを見ていてもなんか(5日間で)2回くらいしかやってないなと思っていて、なんか私たちだけ稼動が多いなって感じだったんですね。

そのことを踏まえて映像を見てみますか?

写真が多めなんですが、写真を見つつ、さっき言ったことも説明してみます。

 

(映像を見せる)

岡本:

クアラルンプールでトランジットしないと行けないところなので、直通便がないんですね。なので、日本から7時間だか8時間だか乗って、2、3時間待ってから、シブへ3時間とか乗って行くんですね。(この写真は)結構ぐったりとした感じで出てきて、早速写真を撮られたのがこれです。みんなスッピンです。

この状態で写真を撮られてしかもFacebookにアップされてしまうという。。。

 

木皮:

(笑)

 

岡本:

この日は、到着した日は特にパフォーマンスとかは何もなかったんですけど、なんかとにかくバスに乗ってくれと言われて、一番大きな劇場につきます。


岡本:

この日になんか授賞式があるから、記念品を渡すから出てきてねみたいなことを言われて、公演の前に参加者はリボンをハサミで切るセレモニーみたいなことをして開催みたいな感じで、そのあとは作品を見て、記念撮影をしちゃって、今日は持ってこれなかったんですが、名前と写真とが入っている盾みたいな記念品をいただきました。

早速、2日目からは、いきなり屋外の公演をするんです。

木皮:

すごーい!

 

岡本:

一応ですね、この部分がエントランスなんですけど、このエントランスを入っていった奥に小さめの劇場が二つあるという劇場なんですけど、ここのエントランスのエリアをその日は、パフォーマンスのエリアにしていました。

これは一応無料のイベントになっていて、なんとなく通りかかった人も含めて、凄い人の数になっていました。

 

木皮:

めっちゃスマホで撮ってるねぇ。


岡本:

凄い撮ってる。これは「私のメキシコ」っていう作品ですけど、まぁ色々海外に行ったりすると、予期せぬことが起きるじゃないですか。

 

木皮:

起きる。

岡本:

ここのスペース今見ると、いい感じにまっすぐ見えるんですけど、これくらい(30°ほど)の傾斜だったんです。

 

木皮:

(笑)

 

岡本:

事前に写真を頂いた時に、「あなたたちここで踊るよー♪」みたいなメッセージをもらっていたんですが、凄い素敵じゃんと思って現地に行ったら、いわゆる八百屋舞台になっていたんですね。結構ゴロゴロ転がる振付が、リアルにゴロゴロしちゃって、走り込んでもそのままドーン!って壁にぶつかるみたいな、結構大変な感じでした。


木皮:

これはお客さん側に傾斜が傾いているってこと?

 

岡本:

そうです!なので、踊るにはなかなかハードルの高い場所でしたね。さらにこの日は34℃とかの灼熱の日で、ほぼ熱中症になるという状態です。

このセンターに置いてある水はセンターとか引いてくれてなかったので、ペットボトルのお水を置いてセンター代わりにしていました。

 

(インドネシアの方との集合写真を見ながら)

 

岡本:

これはそれこそ、インドネシアの伝統舞踊の方々も参加していて。

説明が遅れましたが、このフェスティバルは19カ国の国が参加しているんですが、インドネシアとかインドとか、あと他の国、いっぱいあるんですけど、結構こんな感じで、伝統舞踊を持ってこられる方々もいっぱいいて、中には大学生の"大学ダンス"っていうのかな。なんて言えばいいのかなぁ。なんというか部活ではなくて、大学でやってるダンス。

 

木皮:

サークルみたいなの?

 

岡本:

サークルなのかなぁ。引率の、顧問の先生と生徒みたいな感じで来ている団体が3団体ぐらいいて、バチバチの、もう背筋がピンッ!てなるようなダンスを披露している団体もいました。

 

(アイスを食べるTABATHAのメンバーの写真)

 

岡本:

これは私たちのサポートをしてくれていたボランティアの子なんですが、みんな真っ赤っかな顔をしてリハーサルをしたからといって、アイスキャンデーをくれてみんなで食べてる写真です。冷えピタ貼らないと本当に死んじゃうみたいな環境でした。

 

フェスティバルの様子はテレビニュースで取り上げられたりしました。

 

木皮;

あれなんですよね。マレーシアって結構漢字使えるんですよね?

 

岡本:

そうなんですよ。中国語圏内なので。意外とわかることもありました。

 

3日目はワークショップから始まりました。私のワークショップを開催させていただく機会を設けてもらって、私のダンスの伝えたいこと、メソッドみたいなものを体験してもらいました。

 

ここには、フェスティバルに参加している人なら、各国誰でも自由に参加してもいいというものでした。

 

木皮:

めっちゃいいですね。

 

岡本:

このワークショップ自体も5コマくらいですかね。毎日2つくらい、もしくは1つ必ずワークショップがあって、泊まっているホテルの施設を借りていてワークショップ会場になっていました。参加したければ参加していいしみたいな感じで。

その5日間のワークショップを通して作品を作って上演をするというプログラムもあったりもしました。

 

木皮:

 

すげえ。


 

 岡本:

凄いですよね。

 

木皮:

やっぱ、(数年継続して)蓄積してないとこういうシステムにはなってないですよね。

岡本:

そう思います。何年もやった結果、そういうこともしてみようってことだと思うんですよね。

 

で、この日も本番があって、初日に本番をやった屋外エントランススペースの奥にある劇場で、本番だったんですね。前後囲みのようなスペースで、踊ったんですね。

 

木皮:

あの、TABATHAが凄いなっていう話なんですが、これ、屋外でやったやつとは違う作品ですよね、多分。

 

岡本:

 

そうです!違う作品です!

 


木皮:

すごーい!

 

岡本:

2つ作品を持って行って、違う場所でそれぞれ作品をやるっていう。なので、リハーサルの時に「あぁ、そっかこの場所かぁ」って思って、この空間をどうしようかなって考えるときもあるし、行けるタイミングがあれば前日に下見をして、夜のうちに考えて、みんなにプランを共有して、リハでやってみるみたいな過ごし方をしていました。

 

大体公演が終わると記念写真を撮りたがってくれますね。

 

次の日には新聞がすぐに出てました。

 (新聞を取り出す)

 

岡本:

なんかね。凄いんですよ。

なんかね、バックアップがすごいというか。色々こういうこと(広報)に力を入れていて、必ず、次の日には記事になっているんですね。

こんな感じで。

 

木皮:

これは回しても大丈夫ですか?

 

岡本:

もちろん。回しても大丈夫です。

 

(新聞をお客さんに回して見てもらう)

 

岡本:

結構、私たちをしっかり出してもらっちゃった。ていう、嬉しいです。

ワークショップの記事もあって、でも中国語なので何が書いてあるのかわけわかんないんですけど。(笑)

しっかりこういうサポートもしてくれてるんだなというのも目に見えるのでありがたいですね。

 

木皮:

すごーい。

 

岡本:

いいですよね。

 

木皮:

 

いい。いい。とても。


 

岡本:

(新聞を)回してもらいながら、4日目の話に入っちゃいますね。4日目は大きな劇場で本番を行いました。

 

木皮:

(笑)

これは昨日(3日目)にやった作品を同じ作品ですよね。

 岡本:

そうです。

 

木皮:

(サイズが違いすぎて)信じられない。

わぁ、お客さんいっぱいだねー!

 

岡本:

凄いんですよ。どこからこんなに人が来たんだろうっていうぐらいいっぱいいて。毎日本番やっているもんで、衣装の洗濯が間に合わないっていう。できれば2つあればいいかもです。

 

(空席になった客席の画像)


岡本:

あ、この奥に見えるのが客席なんですけれども、後ろの方の客席は見えないんです。

こう、なんていうのかな。

 

木皮:

あー、ひな壇組んでないんだね。

 

岡本:

そう、だから斜めになってないんです。

 

あと、面白かったのがですね、余談ばっかりになっちゃうんですけど、

(お客さんが上演中に)携帯をいじっていたらですね。後ろからスタッフがレーザーポインターで、こうやってお客さんの顔に当てていました。

 

会場:

(笑)

 

岡本:

注意がレーザーポインターなんだ!そんな使い方あるんだ!って思って。(笑)

私も客席から観てて、なんかこう赤いのがチラチラくるな!と思っていたら、私の前の人が携帯をいじっていたんですよ。

そんな注意の仕方したことない。(笑)

 

木皮:

注意する側の人にも気がいっちゃうね。(笑)

 

岡本:

5日目いきますね。

5日目は外だったんですけど。

 

木皮:

本当に毎日公演をやっているね。(笑)

岡本:

ここが市民の皆さんがものすごく利用する中央市場なんですね。

それこそ、なんか、野菜とか、豆類とか、米とか売りつつ、生ものもめちゃくちゃ売っているんですよ。魚とか、鶏とか売っていて。特に鶏とかは、首だけ、晒し首みたいに出ていて、身体は新聞紙でぐるぐる巻きになっていて、生きた状態で売られているという状況なんですね。要はめっちゃ臭いんです。めっちゃ臭いんですね。生き物の匂いが凄いんですね。

 

木皮:

えー!

こんな爽やかそうなのに。(笑)

 


岡本:

まぁ、気にせず、ギャーギャーやってるんだけど。

ここなんかはまだ床はすごく綺麗になっているのでいい方なんですけど。

 

木皮:

なんか、かつての青山の子どもの城みたいだもんね。

 

岡本:

見た目はね。ただ、ここが中央市場の玄関になっていたり、搬入口にもなっていたりするので、もう、、、汚いっていうか、リハーサルの時、汚さを押し殺しながらやるという状態でした。

まぁ頑張ってやったんですけど。こういう野外の時って場所がないんですよね。要するに控え室がなくて、一応、私たちはレジャーシートを持って行って、荷物を置いたり、ストレッチをするのに使いました。日本に限らず、屋外でパフォーマンスをするときに、レジャーシートがあればいいんだなって心から思った場所でした。

 

木皮:

女性だと特にですよね。

 

岡本:

うん。

 

木皮:

個人的には、慣れちゃっていけちゃう気もするけど、僕はね。でも女の子だと結構しんどいですよね。着替えとかもね。

 

岡本:

ちょっとね。厳しいとこはありましたね。

この本番が終わった後に、衣装がもうほんと、めっちゃ臭くて。

この日も同じ衣装で、夜に本番が違う劇場であったので、急いで、ホテルに帰って洗って、(手で)ぶん回して乾かすってことやりました。

 

木皮:

(笑)

 

岡本:

ここでは基本的にお買い物に来られた方が見てくれたりしていました。

 

木皮:

お客さんは360°の囲みで見てるって状態ですよね。

 

岡本:

そうですね!

あ、このときに、音響のスピーカーがUSBを直接挿すタイプのあんまり見たことないようなスピーカーで。ただ、他の団体は、みんな持ってきたUSBを挿して音を出しているんですね。私もUSBは持ってこいって言われたので挿して試したんですけど、私のは読み込まなかったんですね。ステレオのラインで別の出力でつないでパフォーマンスはできたんですけど、音とかって、結構不安ですよね。

 

木皮:

めっちゃ不安だった。

 

岡本:

そうですよね。

 

木皮:

めっちゃ不安で。僕は演出で映像を使いたかったので、メールをやり取りしていた窓口がなぜか3つあったんですよ。なので、その3つ窓口全てに、データを送って、「このデータをダウンロードしてください。」って送ったのと、CDとUSBを保険で持って行きました。

 

岡本:

そうだよね。もし海外でやるってなったときにUSBで持って行って、CDを持って行って、データをパソコンに入れてってやらないと、万が一データがなくなってしまったりとか流せないていうことがありえます。っていうのをお伝えしておきますね。

 

木皮:

テクニカルの話でいうと僕も余談なんですけど、僕らのショーが始まって、平井君(平井寛人)が、先に出るという演出だったんです。その後、女子高生の格好をした3人が出てくるという流れなので、下手でスタンバイしてたんですけど、いよいよ、女子高生の出番だって直前に、音響さんから「そこ穴空いてるから気をつけて」って言われたんですよね。

 

岡本:

そんなこと直前に言われてもね。(笑)

 

木皮:

早く言ってよ!って思って。(笑)

直前に急に言われることが多々あったんですよね。

 

岡本:

そういうこともありますね。

 

(別の日の新聞の画像)

 

岡本:

これは別の日の新聞の記事ですね。

 

木皮:

凄いね。やっぱ街をあげて取り組んでいる感じがいいですね。

 

岡本:

そうなの。やっぱりサポートが手厚くて。

どこにそんなカメラマンがいたのかわかんないくらい、いろんな写真を撮られていたんですね。

 

で、その日の夜にまた、大きなサイズの劇場で本番があったって感じですね。

木皮:

結果、5ステやったってことですか?

 

岡本:

そうですね。2作品を回して5ステージやったってことですね。

劇場は基本、外が暑いのでとても冷房を効かせてありました。

 

木皮:

他の団体も同じステージをやるっていう、いわゆるオムニバス公演みたいな上演形式だったんですか?

 

岡本:

そうですね。基本的にはオムニバス公演もしくはショーケースという形を取ってました。全ての公演が。

この方がさっき言った、Hornland Dance Theaterの主宰の方ですね。

このフェスには日本から鈴木竜くんも参加していました。

 

木皮:

おお、鈴木竜さん!


 岡本:

ちょっとここからは番外編なんですけど、今回TABATHAを手伝ってくださった、ボランティアの女の子の家族がすごく良くしてくださって、そのお父様が新聞記者だったんですよ。

 

木皮:

ほう!熱い。 

岡本:

そう、熱いんですけど。この女の子が日本語が出来る子だったんですね。で、実家が民芸品やさんもやっていて、そこも行ったんです。で、お父さんが記者だから、民芸品の色々な衣装をなんでも被せられて、写真をパシャパシャ撮られて、なんか謎のイベントが発生したなと思っていたら、、、

次の日の新聞で記事にしてもらっていて、ダンスじゃないところで、記事になっているという珍事が起きたんですね。

 

会場:

(笑)

 

岡本:

「伝統のものを日本人の女の子たちが興味を持ったよ」みたいな記事になっていて。(笑)ちゃんと名前と「TABATHA」と載せていただいて、大変光栄なこともあったりしました。

まぁこんなスペシャルなこともあったりもしたんですが。

 

さっき、成ちゃんの話を聞いていると[時間にルーズ]という話があったじゃないですか。で結構私もアジアだけじゃなく、ヨーロッパとかも回ったことがあるんですが、今まで行った中で一番きちきちしていたんですね。


木皮:

シブ?

 

岡本:

そうそう。時間通り全部進んでいくというか。すごく日本っぽいんですね。迎えにくるバスも、時間が全て決まっていて、それに乗ればこのリハーサルに間に合うっていうが提示されていて、全部のスケジューリングが完璧になっていて、逆にこう、ダラダラ部屋から出てくると注意されるくらい。かなり時間にシビアに動いていた印象で。スタッフの方々もダラダラしていないというか、キチキチしていて。

 

あと、さっきお金の話していたじゃないですか?

私たちもマレーシアリンギットでギャランティをいただいたんですね、でも日本で換金したら安いことになっていて、3分の2ぐらいなってしまったんですね。一人分赤字でした。

 

木皮:

そうかぁ。みんなそれは通る道なんですね。みんなそうなるんだ。

 

岡本:

それは現実ですね。

 

木皮:

もちろん、ドルとかユーロみたいなメジャーな通貨だったらね、換金した際に手数料がとても高いみたいなことは起きないので。

 

岡本:

やっぱり、そこらへんは難しいのかなって思いますね。

うまくやればね大丈夫だと思うんですけど。

 

このフェスになんで参加したかっていう経緯は、このフェスに以前に参加していた木原浩太くんが紹介をしてくださって、Hornland Dance Theaterの主宰の方とメッセージのやり取りをして、是非という話になったので、行ってみようかという気持ちで行ったんですけど、どうなるかわからない感じになるじゃないですか、やっぱり海外だと。まぁでも現状を見てみたいっていうのと、どんなことを世界がやっているのかっていう興味があったので、どうしたい、こうしたいっていうのは特にあったわけじゃないですが、とにかく行ってみたいと思って行ったんです。

 

私はこんな感じでした。


お客さんからの質問:

鈴木さんも参加されていたということで、日本人のアーティストが参加されていたことは他にはあるんですか?

 

岡本:

日本人が参加するのは毎年ではないのかもしれないですが、過去に木原くんが参加したように、日本人が参加してきた過去はあるみたいです。過去のアーカイヴが無くて、どうなっていうのか私もわからなくて。

 

木皮:

アーカイヴ、知りたいねぇ。(パンフレットを見ながら)パンフこれすごいですよ!

 

岡本:

多分、毎年呼ぶカンパニーも一年一年、違うようですね。


木皮:

ここで1時間ほどぶっ通して喋ってしまったので、10分ほど休憩を入れたいと思います。

まだまだ続きますが、一度お手洗い等、飲み物のお代わりも歓迎ですので。


休憩 (約10分)


木皮:

今(2019年10月28日)、Tokyo Tokyo Festivalや、東京芸術祭2019東アジア文化都市2019豊島Festival  / Tokyo 2019 といった国際事業が東京でめちゃくちゃやっているという週なんですけど、さらに昨日ちょうど、APAFーアジア舞台芸術人材育成部門が終わりまして、結構色々見て回ったんですね。近年はどのイベントも非常にアジアへのフォーカスが強いという印象を受けます。今僕が手に持っているのは、ファンラオ・ダンスカンパニーというラオスのカンパニーの先日行われた日本公演の当日パンフレットなんですが、ここに群馬県立女子大学准教授で振付家の武藤大祐先生がコメントを寄せているんですが、それが非常に素晴らしいので、紹介します。

ファンラオ・ダンスカンパニーを簡単に説明をしておくと、ストリートダンスと伝統舞踊を組み合わせた作品を発表しているラオス初の「コンテンポラリーダンス」のカンパニーなんですが、昨日、日本での公演が千秋楽を終えたんです。


東アジアのコンテンポラリーダンス

平均年齢が低く、若者が文化をハイテンションで牽引する東南アジアでは、コンテンポラリーダンスも急激に発展している。そこで、面白いのが、都市ごとにまったく異質なシーンが形成されている点だ。もちろん伝統文化の土台も様々だが、それに加えて都市環境やメディアの状況、文化政策、外国とのネットワークといった諸事情が「コンテンポラリーダンス」なるものの概念に多様さをもたらしているように思われる。たとえば、伝統舞踊の文化と密接につながったジョグジャカルタの「コンテンポラリーダンス」と、大学との連携が強いマニラの「コンテンポラリーダンス」では、あるいは多文化共生が大前提にあるクアラルンプールの「コンテンポラリーダンス」では、価値観もインフラもまるで違っている。

ラオスのコンテンポラリーダンスが日本に紹介されるのはおそらく今回が初めてだが、首都ビエンチャンを拠点とするファンラオ・ダンスカンパニーもやはり独特である。彼らの母体はストリートダンスのスタジオなのだ。つまりまずヒップホップ・カルチャーの流行があり、それと伝統的な舞踊や音楽をミックスしたところに、彼らのコンテンポラリーダンスは成立しているのである。

2019年10月25日-27日  Festibval / Tokyo 19 ファンラオ・ダンスカンパニー「Bamboo Talk」「PhuYing」 

当日パンフレット「生成変化するラオスのダンス地図ーファンラオ・ダンスカンパニーの背景と現在」より


木皮:

とても端的に東南アジアのコンテンポラリーダンス事情をわかりやすく説明している、いい文章だなぁと思います。

これ絶対、月曜日喋ろうと思って持ってきたんですね。

 

もう一個ご紹介させてください。

これはAPAFの方の当日パンフなんですが、APAFのディレクターの多田淳之介さんと、Festival / Tokyo のディレクター長島確さん、東京芸術祭国際事業ディレクターで、今週スタートするワールドコンペティションディレクターの横山義志さんの3人の人材育成をテーマとした対談が掲載されていて、これも紹介しますね。ちなみに、このAPAFの事業は無料で全て観劇ができるプログラムなので、来年開催される際はぜひ、見に行ってください。

僕が紹介したいというか、二人でこの後の喋ることのテーマにしたいのはこちらですね。横山義志さんのお話ししていることなんですが。


横山:

国際的な人材を育成をするときに2つの問題があると思っています。「どこでも生きていける人」「ここでしか生きていけない人」の間の断絶が大きくなっていますよね。「自分は日本語しかできないし、この土地でしか生きていけない」と思っている人はたくさんいると思います。そういった人が、中学英語でも、ローカルな知見をもとにやりあえるということを体感することは重要です。一方で、日本ではすごく海外経験がある人もあまり活かせていないということも感じます。海外経験豊富な人は日本の組織の価値観に合わない場合が多い。両方をうまく考えないと行けないと思います。「自分にはこれしかない」と思っている人が、目を上げて、一歩踏み出せば「違う世界で活動しうるんだ」ということに気付くきっかけを作りたいんですね。

2019年10月25日-27日  APAFーアジア舞台芸術人材育成部門 当日パンフレット「国際芸術祭における人材育成とは」より


木皮:

二つの当日パンフに書かれていることは全然違う視点、視点というか違う角度からアジアというものをテーマにしているんですが、たまたま我々も行って来たのがマレーシアとインドネシアですから。ここでちょっとテーマ的なトークを展開できたらなと思っています。

端的にいうと「果たして我々は一体どうしたらいいのか」ということだと思うんです。海外のフェスティバルに参加した経験を踏まえてこれから、「何にこの経験を生かすべきなのか」というのを話せればなぁと考えています。

 

僕個人の体感としては、「あ、俺、海外に行っちゃって作品を全然作れるわ!」って思ったんですよね。しかも作れるし、実は今回のフェスで出会ったマレーシアのLim Pei Ernというダンサー・振付家と来年コラボレーションをするっていうこと決めたんですね。で、それは助成金に頼らずに、もちろんそれは助成金が降りたらラッキーだけども、頼る前提でやっていくとどうしても足が遅くなっちゃうので、自主で何としても資金繰りをやる前提でコラボレーションを実現させる。むしろ実現させることができるという自信がついたっていうのがすごく大きいかなと思います。でそれをやろうといろんな人に話聞いたり、協力者を増やしているという状態なんですが。というのが僕の決意というか実体験として、「あ、全然自分大丈夫だ、まだまだやれる」って思えたんです。

で、お聞きしたいのはそういうポジティブな感情でなくても大丈夫なんですが、岡本さんが持ってかえって来たものがあるなら、お聞かせ願いたいなって思ったんですよ。

 

岡本:

なるほど。

まず、聞いてて、成ちゃんと私はクリエーションのやり方が全然違うなって思ったんですけど、今聞いていて思ったのは、私は自分でやっているカンパニーでのクリエイションをもっと積極的にやらないと行けないなぁと思ったんですよ。

たくさん小作品というか海外に持って行きやすい作品というのも、作らなくてはいけないと思ったし、それこそ、海外に影響されたからということではなく、私は日本でやっているこの作品たちを強めていかないといけないと思ったんです。海外に行ってとても強く思ったんですね。

例えば、伝統舞踊というのが、私(の身体)には入っていないので、そこには勝てないと思っているんですよ。

違う例なんですけど、韓国に公演に行ったときに、他のアジアの方々は、伝統舞踊のテクニックがベースになっていて作品を立ち上げている人が多いんだと思って、そのときに出会った人に「日本だと何?」って聞かれて、何も言えなくなってしまい、(私には)何もないじゃないか。と思ってしまったんですね。私は個人的にはクラシックバレエをやっていたけど、バレエは別に日本のものではないし、そんな中で考えたのは、日本にいるからできることというよりも、色んなものを見て来たからこそ、私が作り出せるものをしっかり確立をしていかないといけないなぁと私自身はそう思いました。

 

だから、成ちゃんが言ったコラボレーションをしてみたいっていうのは、私はちょっと怖いんです。

 

木皮:

ほー!そうなのか。

 

岡本:

うーん。そうなんですよね。なんでそこに興味を持ったの?

 

木皮:

多分、おそらくなんですけど、今回僕が持っていった作品っていうのが、僕が女子高生の格好をして踊るというものだったんですね。他の二人(津ヶ谷、髙下)も実際には22、23歳なんですけど、高校生の役をやること自体が、コスチュームプレイ、いわゆるコスプレをやっているという構造になっていて、平井君が演じるホームレスもアウトソーシャルを描く対比として、演じてもらったんですが、平井君も日本人ですから、決して現地のホームレスを頑張って演じたとしても、それはコスプレとあまり変わらないんですね。で、日本のコスプレカルチャーは少なからず、インドネシアにも波及はしていて、そこをうまく利用したんですが。そもそもコスプレが日本で流行るのって、日本のアイデンティティが問題だと思っているんですね。つまり、表現欲求は持ち合わせているのに、肝心の表現したいもの自体のメッセージがないという状態なんですが、だからこそコスプレイヤーは、表現のメッセージを求めて、既存のコンテンツのメッセージを代弁するようにコスプレをしていくんだと思うんです。

そこで、僕がコラボレーションに興味があって、かつ、なぜ恐れないかっていう理由なんですが、良くも悪くも「日本はアイデンティティがないのがアイデンティティだよ」って仮にも平気で言えちゃうっていうのが自分だと思っていて、なので、僕は自分が知らない伝統芸能は無理に説明できる必要はないのかなって思っているんですね。もちろん実家の和歌山のこととかは喋れますけど。だから自分の中で"日本人らしさ"を説明できちゃっていることが大きいのかなと思います。

 

あと、シンプルに、他国の文化に興味を持ったってことだと思います。

僕は、昨年、Festival / Tokyoでタイの振付家ピチェ・クランチェンの作品に出演予定だったんですが、 鎖骨の骨を折って降板してしまったんですね。まぁその話は置いておいて。(苦笑)

そのクリエーションの中で、フィリピンや、インドネシアの方も参加していて、ピチェもKornというタイの伝統舞踊の使い手だったので、海外組がみんなベースに伝統舞踊があるという状態だったんですね。そこで、アジア圏の傾向としてこういう現状なんだというのが分かっていたのもあるとは思います。

なので、海外公演、自分がAPAFを含め、日本でやってきたことから、今は、自分のことを説明できる自信もあるし、相手のこともリサーチする勇気もあるってことだと思うんです。

 

海外に行ったことが、自分の表現を見つめ直す時間になることって多いと思うんですね。だからこそ岡本さんも、自分の表現を強固にしたいと思ったんだと思うんです。

 

岡本:

そうですね。確かに、日本だけでやっていってたらそんなこと思わなかったと思うけど、海外に行って、「自分って日本人だなぁ」って思うことが本当に多々あって、それこそ時間のことだったりとか、舞台が微妙に汚かったりすると、気になっちゃったりとか。私は日本人だなぁってやっぱり思うし。

まぁアプローチの違いはあっても、海外に行ったことによって生かすことができるものは確実にあるので。

 

木皮:

他の国の作品とかは観れたんですか?

 

岡本:

めちゃくちゃ観ました!

コンテンポラリーダンスを持ってきていた人もたくさんいたし、伝統舞踊を持ってきていた人もたくさんいたし、それこそ、さっき言ったみたいな大学の教育の一環で来ている国もいたので、コンテンポラリーダンスだけのフェスティバルではないというのは確実に分かって、自分たちが熱くなるものを持ってきているというのは感じました。

アメリカの人たちは、赤いシャラシャラした衣装を着て、ずっとボヨンボヨンしているっていう表現をやっていたり。

 

木皮:

ボヨンボヨン!?

 

岡本:

そう、ボヨンボヨンしてて、そこにはなんか、説明できるんできないんですけど、アメリカらしさを感じたんです。(笑)

なんかカッコ良さがあったというか。

 


木皮:

海外フェスに参加してきて僕が感じたことの一つに、海外の演出家同士って常に話し合っている印象が強くて、特にKAGE(タイ,Theatre Company B - FLOOR)さんとBambang(インドネシア)さんが常に行動を共にしていて、「あれはどうだった」とか、「あの点が面白い」とか、常に話しているのが印象的で、「次に俺たちが一緒にどういう仕事をしようか」というのが常だったんですよね。例えばKAGEさんに「次の仕事は何?」って聞くと「カンボジアでダンスを教える仕事」、カンボジアには"カンボジアンサーカス"と言われるオランダのNGOが立ち上げた、純カンボジア人が作るヌーヴォーシルクを目指して取り組んでいるカンパニーがあるんですが、そこの演出を担う仕事だったり、「その後は?」って聞くと、「ラオスでオーディションをして、シアターΧで日本人とコラボをする仕事」だったり、そういう現実があるんだなと思える場にいて、そのディスカッションができる場に立ち会えたことが大きかったなと思います。

 

岡本:

それこそ、クリエイターが多いんですかね。インドネシアのフェスは。私が参加したもの(Sibu International Dance Festival2019)とか後は、過去に参加してきたヨーロッパでも参加したものだと、ダンスカンパニーとして動いているものだと、作品を発表してきている人とかと、伝統舞踊を紹介しにきている人だと立場が違うじゃないですか。どちらかというと(成ちゃんが参加の仕方は)、クリエイションしたものを持っていったという感じだし、伝統舞踊の方は伝統舞踊の紹介をしていると思うんですけど、伝統舞踊を紹介しにきている方々もある程度の演出が加わってたりするってこと?

 

木皮:

そういう国もいました。

 

岡本:

なるほど。

私が参加したSibu International Dance Festival 2019も伝統舞踊の踊り手の方も参加していて、2種類の作品を持ってきてはいて、一つはベーシックなもの。もう一つは色々、演出してステージングをしてエンターテイメントとして作品をいわゆる伝統舞踊じゃないものとして発表しているっていう国もいました。

 

木皮:

(国際フェスの参加の仕方として)賢いですね。

 

岡本:

でもまぁ、私たち(TABATHA)みたいに伝統舞踊じゃない人たちは作品を作って持ってきている。そしてそれは振付家も踊るし、つまり、スタッフを連れてくるというよりは、自分たちで、作品を完結できている状態で持ってくるみたいなパターンは多いのかな。まぁ具体的な問題として、人件費というか、予算の限りもあるのですが。

 

木皮:

昨日ちょうど、東京芸術劇場の高萩先生が東京芸術祭の実行委員の方でものあるので、APAF(アジア舞台芸術人材育成部門)のクロージングでお話をされていたんですね。そのお話が自分の中でとてもすごく腑に落ちて、紹介すると、「東南アジア圏の各国のマーケット自体はすごく小さい。それに反して、意外と日本はマーケットが大きいんです。そして大きいからこそ、日本だけでアーティストとして成り立ってしまうことが多い。逆に言えば、東南アジアの方々がコラボレーションや、パフォーミングアーツを通しての交流が多いのは、他の国を巻き込まないと成立しないくらい規模が小さいんだ」という旨のお話をされていて、なるほどなぁと納得したんですね。

 

岡本:

うんうん。日本は確かにやる場所も多いし、現状の日本だと日本だけで完結することはできなくもないですよね。

、、、海外になぜ行くんだろうという話になってしまいますよね。

 

木皮:

(笑)。
いやでも、そうなんですよ。岡本さんがそう思うのは当然で。現状は海外に足を伸ばさなくてもいい環境だと思うんです。現状は。

仮にもし潤沢に予算があっちゃえば、行く必要はないですしね。向こうから呼べばいい話だし。極論ですけど。

 

岡本:

ただ日本でやると日本っぽくなっちゃうじゃない。

 

木皮:

日本っぽく?

 

岡本:

お客さんがめっちゃ静か。とか。

 

木皮:

あ、なるほど。

 

岡本:

でも海外になると(観劇中)「Fooooo!!!」みたいな感じになるのは、海外にしかないわけじゃないですか。

現状は、日本でも完結できるけど(まだ海外で公演をやっていないアーティストに)少しでも外の世界を見て欲しいですね。


お客さんからの質問:

お二人ともコンテンポラリーじゃないですか。
お二人から見て、日本のコンテンポラリーダンスのマーケットはどういう風にお考えですか?

 

木皮:

それは僕らからの目線で大丈夫ですかね。コンテンポラリーダンス界だけに絞っちゃうと、僕から見てとてもカテゴライズし過ぎちゃっているのが、個人的に危機感を持っていて、パフォーミングアーツの比較的大きな、動員をするというアーティストを例に挙げれば、例えば、菅原小春ちゃんが所謂“スター”のフォロワーが多いダンサーとしてキャリアを積んでいって、彼女の表現がコンテンポラリーダンスの冠を持つ時もある中で。かと言って、代表的なコンテンポラリーダンスのイベントで言えばYOKOHAMA DANCE COLLECTION EXに彼女が出場するのかと言われたらそうじゃない気もします。でもこの話をコンテンポラリーダンスの人にすると、「菅原小春」ってコンテなんですか?というカテゴライズの話に戻ったりもするので、お互いがお互いに興味を共有できていないという印象を僕は持ちます。

今回の海外フェスに参加してきたことでいうと、日本のコンテンポラリーダンスの市場規模はまぁ小さいので、ちょっと前に流行った「創客」ということをお客さんを増やす活動を自分が行うという労力より、国籍を超えて対話をして、自分の面白いと思える人と出会う労力の方が楽しくなってしまったんですね。

あれ、これ、答えになっていますかね。(苦笑)

 

お客さん:

というか僕はコンテンポラリーに限っていうとマーケットが縮小しているように思うんですよ。

 

木皮:

もちろん、もちろん。それはそういうことだと思います。

 

お客さん:

さらに言えば危機感があるんです。

でみんなほら私にとっては(木皮と岡本は)スターなので、例えば北尾( :北尾亘さん)くんとかスターはいるんだけど、マーケットは小さくなっていて、何か新しいものが出てこないと来年再来年この先、キツイんじゃないかなと思っています。お二人もなんかそのあたり、思うことがあるんじゃないかと思って、質問しました。

 

木皮:

あるあるある!めっちゃある!

赤裸々に喋るといっぱいありますよ。

 

会場:

(笑)

 

木皮:

それでいうとやりたいことの一つに、僕はさっき少しでたAPAF(アジア舞台芸術人材育成部門)というところで宮城聰さんがディレクターをやってらっしゃった時代に8年間スタッフをやっていて、東南アジア中に、演劇人やダンサーの知り合いはたくさんいるんですね。例えば、日本で作った演目がアジアツアーを回れるようなコネクションのフォーマットみたいなものを作りたいと思っています。

アジアの方がコンテンポラリーダンスの需要があると思っていて、それを受け入れる国民性の豊かさがあると考えています。

ただ、問題は、今回のトークドリンク付きの1000円で、まぁそこそこ頑張っている若手のコンテンポラリーダンサーが海外のイケイケのフェスに参加してきたフィードバックをやるという、好きな人か考えれば、堪らない企画に10人ちょっとしかお客さんがいないんですよ。映画のチケットの方が高いにも関わらず、これだけしか集まっていないというのは広報の問題もあるかもしれないですが、まぁ問題ですよね。

 

岡本:

まぁでも純粋に、、、流行ってないんじゃね。って思ってる。

 

木皮:

(笑)凄いオブラートに包んでいたのに。。。

 

岡本:

包まずにポーンって言っちゃうけど、「流行ってないじゃん」。って私は思っている。

私は一応「コンテンポラリーダンス」の枠の中に入り込んじゃっているけど、「コンテンポラリーダンス」をやっているという自覚はあんまりなくて、そうやってカテゴライズしていくのが日本的だということもあったり、カテゴライズしてない国の方がむしろ多いじゃんっとも思うし。私はそういう[枠組み]に当てはまらないような作品作り、断定しないような作品作りをしたいとも考えています。カテゴライズに乗っかりすぎないっていうようなことをしていけたらなって思っています。

あと、舞台芸術だけではないような領域に舞台芸術をやっていた人が手を伸ばす必要も、これからはあるのかなぁって思っています。

そもそも舞台芸術をひたすらやってきた人たちもいうので、そこには決して敵わない。舞台芸術だけの勝負ではやっていけないというのも正直あります。

それこそ私は色々やっているところもあるので、【※】ダンスの領域からかけ離れたところの人にどうやってアプローチをしていくのかというのをどんどん私たちから近づいていく必要があるかなと思っています。やっていてお客さんが来るものではないとは思うので。

【※:岡本さんは、デザイナーの仕事も並行していて、木皮も映像ディレクターでもある。】

 

お客さん:

なんでそういう質問をしたかというと、2.5次元ミュージカルってあるじゃないですか?

そのチケットが7500円とかして、物販もすっごく売れる。。。

そこに、、、勝ちたいじゃないですか!!

 

会場:

(笑)

 

木皮:

熱い人だ!(笑)


お客さん:

さっき話に出た「菅原小春」さんや、「三浦大知」さんのようなメディアの一線で、活躍をするようなアーティストがコンテンポラリーダンサーと言われることがあるけれど、一般の人にとっては、あの人たちがコンテンポラリーダンサーですよね?

 

木皮:

あと「土屋太鳳」ちゃんとかもある新聞だと女優・コンテンポラリーダンサーと紹介されていたりね。

 

お客さん:

でも逆に彼らを、なんて呼ぶかというのも、難しい話で、"モダンダンサー"でもないよね。だからコンテと呼ばざるを得ない感じもあるよね。

 

岡本:

でも、彼ら彼女らのおかげで、「コンテンポラリーダンス」って言葉を世の中に拡げていることはありますよね。

 

木皮:

サブカルチャー寄りなメディア論を僕に語らせたら多分24時は超えちゃうので(笑)

4分のコンテンツの表現と舞台芸術の表現はあえてこの場では切り離して考えます。

その前提で、僕も岡本さんはなんだかんだ言って、めっちゃくちゃ「コンテンポラリーダンス」が好きだし、めちゃくちゃ「舞台」というものが好きだから、なんとかとかして未来を作りたいからこそ、わざわざ海外に出向いたということだと思うんですね。

で、逆に言えば、そうせざるを得ない状況っていうのも、僕のポジションだと大いにあって、僕とかは基本的に所謂コンペティションみたいなものは全く箸にも棒にもかからない人間で、そういう賞レースの恩恵を受けたことがないんですね。ですが、自分のやっている表現はコンテンポラリーダンスだとは思っていて、そこはすごく誇りを持って取り組んでいるんです。なので、こういう僕みたいな人がどう開拓をしていくのか。

かつ、自分は大学の非常勤講師もやっておりまして、多摩美術大学の演劇舞踊デザイン学科の舞踊を志す生徒を抱えているわけです。この会場には尚美学園大学の学生さんもいらっしゃいますが、例えば、大学一年生の19歳くらいの子達が「将来、ダンスやりたいんです。」といった大学入学時の思いを、四年生になって、持ち続けられるかということ。その現実の厳しさから、本当にピュアな気持ちで、心苦しいんですよ。

だから、例えば僕みたいな日本の賞レースの実績がない人が、海外に出向き、業界の新しい文脈を発見して、さらに若い人に提示することができれば、日本で若手が苦しい思いをして頑張らなくても、新しい希望になると考えているんですね。

まだ自分はそんなポジションでもないですし、まだ新しい文脈を提示できているわけではないですが、日本という場所にこだわらなくても、やりたいこともやれて、経済的に困窮せず、自分のダンスとずっと向き合っていられるアーティストの夢みたいなことを夢じゃなく提示したいんです。むしろやらないといけないと思っていて、それが僕の10年活動をしてしまった責任なんです。

そう思える未来が来たら素敵じゃん?(笑)

 

岡本:

私は純粋に人々が豊かになればいいなぁと思っているんですよね。私のやっている活動は海外に行ったり、国内でちょこちょこやったりすることもあるんですが、それが何か人々にとって何か豊かさを与えられればいいなぁと思っているんだなと今話を聞いてて思いました。

今回の経験をどうしていくのがいいのかって考えていると「地道にやろう」って考えに行き着きました。

 

木皮:

でもそう!ほんとそうです!


お客さんからの質問:

Sibu International Dance Festival2019 のことに関して質問なのですが、ダンスカンパニーが主催されている大きなフェスだということをお聞きしましたが、日本で同様なフェスというか舞踊祭を行うとすると、大きな協会の集合体や、外角のプロデューサー・制作を含めたプロデュース団体が存在するものしか知らなかったんですが、岡本さんが経験された日本と海外とのギャップはどのようなものだったんでしょうか?

 

岡本:

それこそ印象的には結構「しっかりしていた」んですね。確かではないですが、主催していたカンパニーHornland Dance Theaterの中には「制作」という部署はおそらく存在しましたね。その方々が各国のカンパニーにメールをやり取りしていました。大元のHornland Dance Theaterが取り決めた内容を、制作部の方々が各国のアーティストと直接やり取りをするという流れにはなっていたので、所謂制作部は存在しました。そして現地ではその連絡がちゃんとアテンドをしてくださったボランティアスタッフの方々にも引き継がれていました。結構、内部的なものの連携はSibuに関しては素晴らしいなと思いました。

あと、細かな連絡とかも、一ヶ月以上経ってから返信をもらったりするのが海外とのやり取りで普通にあることですが、Sibuに関しては必ず、1時間以内には返信がありました。その辺はとても信頼が置けました。思わぬ返信の早さに逆にこちらがびっくりしたほどです。現地に行ってからのサポートもしっかりしていたので、おそらく連携はとても取れていたのではないかと思います。

 

お客さん:

その制作部の方はダンサーではないんですか?

 

岡本:

ダンサーの方はいましたね。ダンサーと制作部を兼任している方もいました。

踊った後の人が挨拶をしながら、着替えてスタッフサイドに回るみたいな人も見かけました。流石にテクニカルスタッフはいなかったんですが、ボランティアの方で兼任しているという人はいました。

 

木皮:

僕から余談なんですが、国際的かそうでないかは置いておいたとしても、ダンスカンパニーがフェスティバルを開催するというケースは増えていて、先ほど紹介したFestival / Tokyo 19のファンラオ・ダンスカンパニーは自分たちのスタジオを改装して、レジデンスにして12月にカンパニー発信のインターナショナルフェスティバルを行うと言っていました。あとは、今回紹介しきれなかったんですが、インドネシアの後のトランジットを利用して、タイの振付家のピチェ・クランチェンさんの劇場にも見学しに行ったんですね。ピチェさんの話では、各国のアーティストが滞在できるように、レジデンス施設を現在改装をしていて、将来的にはここでフェスを行えるようにするという話も聞かせていただきました。

なので、一カンパニーが、その国を背負って国際フェスを行うことは、珍しい話ではなくなっていることなのかも知れないですね。


岡本:

何を持ってけばとか言った方がいい?

 

木皮:

え、変圧器とか?(笑)

 

岡本:

海外にもし行かれる場合、持っていった方がいいものとしては、自分のカンパニーの資料を英訳したものを配れるようにしとくのと、(動画の入っている)USBを持っていって、「あ、この人偉い人なんだ」と思ってもらうのとか大事かなと思います。(笑)

 

木皮:

へえ!カンパニーデータをUSBでは持って行ってなかったなぁ。

 

岡本:

わかりやすいようにファイリングしたりとかしてもいいかもです。

 

木皮:

勉強になります!

 

岡本:

そんなんかなぁ。

 

木皮:

じゃあ、僕からなんですが、、

僕は基本考えすぎちゃうクセがあるので、いろんな作品の意見を汲み取ろうとしちゃって、頭パンクしちゃって疲れちゃうことが多々あるんですが、

ぜんぜん関係なく、良いものはいいと思ってくれるお客さんの質は心地よかったですね。批評っぽい感じの人がいない、なんか「面白かった」「変だった」「楽しかった」「見てて辛かった」、全部がダイレクトに返ってくるていう環境は日本にはあまりないことなので、それはちょっと忘れられないくらい気持ちよかったです。

 

岡本:

どこの国でも、それはありますね。面白くなかったら拍手もしてくれないし。

 

もちろん、国によって対応が違いますよね。暖かい国ももちろんあるし。


木皮:

他にご質問なければ、ここでお開きにしたいと思います。

あとで個人的に聞いていただいても結構ですので、お声がけください。

僕の一方的な報告会がしたいという思いからスタートしたこの機会ですが、お付き合いいただいた岡本優さんも感謝いたします。

みなさんも長い時間のご静聴ありがとうございました。

 

岡本:

ありがとうございました。